かもめ 人面魚~「塔」2月号 栗木京子・選 #tanka #jtanka #塔

谷川岳

かもめ 人面魚~「塔」2月号 栗木京子・選

チェーホフを観終へ昏れたる街となる舗道にかもめの如き紙くづ

公園に幼と追へる赤とんぼブロンズ像の乙女の胸に

二十年前の噂に人面魚だまつてゐよう紅葉映ゆる池

安産を祈る社の朽ちたる巨木 窪に置かれし指輪の二つ

家計簿にぬりゑ拾円あめ伍円 義母の遺品に妻の少女期

我が老いはまだ老いならず晩秋の日暮れによろぼふ足元なれど


12月号 作品合評 祐徳美恵子 長月 優
 
星近きテント抜け出て雪渓に先輩待ちゐるウヰスキーを掘る  加藤 宙

祐徳 この先輩はすでに亡くなった方だと思う。雪山の遭難事故などで亡くなられた先輩に
ウイスキーを献杯して酌み交わす。作者しか知らない場所に埋めておいたウイスキー
はここ何年もあるいは何十年も埋められているのだろう。その山に登山する度、ま近に
先輩とたましいの交流が出来ると作者は感じていることが「雪渓に先輩待ちゐる」という
表現から読み取れる。
こんな人間らしいこだわりに強く惹かれた。

長月 動きを表す単語の多いながらもばたつかず、さながら冬山の張りつめた空気感のある
歌だと思いました。祐徳さんの「評」と同じく「先輩」を故人として読むと、その先輩を今も慕い、
悼んでいる主体の感情が、動作だけをえがく言葉の間に滲んでいるように感じました。
ウイスキーが主体と先輩の間の時の流れを留めているような印象も受け、よいモチーフに
なっていると思いました。

◎ 初めて「作品合評」に採り上げていただきました。どのような基準のもとにこの欄で合評さ
れるかは知りませんが、うれしいことに変りはありません。
   学生時代は結構山に登りました。1週間ほど同じ場所にキャンプしたこともありました。
その時の思い出を歌にしたものです。表現や内容の読み取り方はいろいろあっていいの
でしょう。こんなにも丁寧に読んでいただいたことに感謝いたします。         (宙)



ルンルン~病院にて(11)

春を待つ
 

昨年末の人間ドックで2か所の再検査を指示された。

 1月に入り2週続けて内視鏡検査を受けた。胃の検査は結構苦しかったが、終始、看護婦さんが(看護師さんて言わないといけない?)優しく声を掛けながら背中をさすってくれていた。(ルンルン)終わって「とても楽に検査ができました」と礼を言った。大腸内視鏡は、検査経過を診察台上の画面で見られるようだが、とてもその勇気はなく、眼鏡をはずして受けた。

 さて、今日はその結果を聞く日だった。遅いと駐車場に入れないので2時間近く前に病院に着くようにした。駐車場から病院に入る間に体が冷えた。幸い院内にはスタバが開いていた。コーヒー代を払うと、私の手のひらに手を添えてお釣りを渡してくれた。(最近多いよね。)「まあ、外はずい分寒かったのですね。」孫と観ている「アンパンマン」のメロンパンナちゃんのメロメロパンチを見舞われた気分だった。(ルンルン)
 検査結果はまあまあ。ピロリ菌の除去をすることになった程度。会計は140円。コーヒー代より安かった。1割負担でルンルンしたいところだが、若い人たちがたくさん払っていることを思うとそうもいかない。
 

茗荷 ひぐらしの道~「塔」1月号 花山多佳子・選 #tanka #jtanka #塔

空蝉柴又 

茗荷 ひぐらしの道~「塔」1月号 花山多佳子・選

 あけましておめでとうございます。
 ブログ更新も久しぶりです。「表現」をしていなかったわけではありません。生涯学習センターで「日本の季節を味わう」講座を担当したり、今年8月の道徳研究会の研究基調を考えたり、講演や学習会の講師、もちろん俳句と短歌を詠んだり、何らかの形で思いを「表現」していました。
 それに加えて毎日4,5時間の孫との楽しい時間。ブログもツイッターもついつい忘れがちでした。まだまだ忙しさは続きますが、少しずつ「今」と「昔」を詠んでいきたいと思っています。過去のことを詠むのはどうなのかと考えていたところ、「塔」1月号で次のような心強い文章を見つけました。「歌の題材として『回想』は重要なフィールドであることが多い。回想することによって、人は自分の経験を対象化し、奥行きのあるものにして、言わばそのことによって人生を自分のものにする」(真中朋久「歌がある」)
短歌を初めて6年、まだまだ踏み込める「回想」のフィールドは広いと思っています。少なくなっていく「現在」とともにしっかり見つめていこうと改めて決意しました。
 今年もよろしくお付き合いください。

◎入選六首

颱風の去りて薬味を採る庭に顔を汚して茗荷の覗く
常磐沖の脂ののれる秋鯖の味噌煮に加へる福島銘酒
ふるさとの新米炊きて故郷のいくらぶつかけ掻込むしあはせ
奥久慈の山影川に長く伸び子持ちの鮎のゆるりと下る
三日目の家庭訪問子に会へず会議に戻るひぐらしの道
色鳥の声止む朝の宿の窓 渓の水音立ち上りくる

◎選歌後記  花山多佳子

三日目の家庭訪問子に会へず会議に戻るひぐらしの道

「子に会へず」だから不登校の子の家庭か。「三日目」や「会議に戻る」という事実のみで言いがたい思いを淡々と伝えてくる。「ひぐらしの道」と収めたのも抑制がある。

 *ありがとうございました。これまで見逃していたのでしょうか。投稿した歌と掲載された歌を詠み比べ、「蜩」が「ひぐらし」に変わったり語順が変わったりと、添削をいただいていました。なるほど添削によりこれほど歌の姿がよくなるのかと驚きました。勉強になりました。

◎11月号 小林幸子選歌欄評  三浦こうこ

 言ふならば蝉の尿(いばり)の程のこと 思ひ返せば癪に障るが
 漢字を多く使い、かたい言葉を好んで硬派な男歌を貫く印象のひと。生き方を真っすぐ見つめる歌の中にこんな歌も。腹が立ってなかなか忘れられないことも、勿体ぶって、すこし言い訳がましく、かえって可笑し味がある。

*ありがとうございました。「蝉の尿の程のこと」をぐだぐだと詠んでいます。相手はもちろん、カエルの面になんとやらなのですが…。



努力もせずに~「塔」8月号・9月号 #tanka #jtanka

木陰のレストラン


努力もせずに~「塔」8月号・9月号
最近、入選する歌が少なく低調だ~そう思ってすぐに反省した。何という不遜だろうと。たくさんの歌人の歌を詠むこともなく、どう詠めばよいのかを学ぶこともなく、つまり歌を詠むための努力をすることもなく「低調」なのは当然だろう。真剣に歌を学んでいる方に失礼である。
 日々ゴルフのレッスンをすることもなくコンペに出て「今日はうまくいかない」と言えば失笑をかうだけである。「お前、練習してないだろう、当然だよ」と。

◎8月号9月号の歌を、反省を込めて。

我に会ふ装ひの中倒れたる父を見つける五月雨の真夜
電球の切れを耳にて確かむるフィラメントのやさしき疲れ
湯上がりの新じゃがのやうな児のお尻右に左に母の手のがる
どの子にもうすくれなゐの花びらのやさしくかかる入学の門
国境を越へて叶へる夢のある芽吹きたる野に少年の臥す…以上 前田康子・選

新しき街の結婚式場に駅より花水木の道
半世紀前に母校の焼失す奉安殿も夏草の下
子らの声なき校庭に葉桜の騒ぐ夕べに会議の荒るる
パソコンにノンタン動画見入る児の横に歌詠むチラシの裏に
水色の診察着にて名を呼ばれ疲れ鵜のごと胸部レントゲン…以上 永田淳・選

初めての歌会 蜥蜴・蝌蚪~「塔」7月号 #tanka #jtanka #

大道芸1


蜥蜴 蝌蚪~「塔」7月号 三井修・選

黒猫の口に蜥蜴の尻尾あり春風ゆるる水仙の下

二歳なる児には聞こへる声のある急ぐありさん空のかみさま

春風の翅をたたみて休むごと菜の花の先黄蝶のとまる

梅さくら枝垂るるものは皆嫌ひ視線まつすぐハイヒールの行

それぞれのスマートフォンに寡黙なる車内に手話の二人はなやぐ

尾を振りて頭ぶつける蝌蚪の群れ腹をさらして浮かぶ数匹


◎初めての歌会

短歌会に入会して4年目、初めての歌会(いわき市・常磐歌会)に参加した。歌会開催会場に遠いこの辺りの会員のためにと選者のМさんと、東北歌会のKさんが企画してくださった。
13名での歌会は楽しくスリリングなものであった。
このように読んでほしいと思っていた歌も、表現のまずさから意図したようには鑑賞されなかったり、結句の詠い方の曖昧さが露呈したり…。また私が鑑賞する場合でも、皆さんの詠んだ歌をおろそかに読むつもりはなくても、私に歌を「読む力」がなければ、鑑賞・批評は深いものにならず、結果的に詠んだ方を、あるいは皆さんで読んでいる「場」をリスペクトすることにはならないと痛感した。
歌会とは、自分の決まりきった視点をずらしていただく大切な場であることを認識し、「豊かな想像力」と「視点の転換」は改めて私が生涯かけて追い求めている「分かるとは何か」に関わる大切な要素であると同時に、短歌を詠んだり鑑賞したりする場合にも大切な要素になり得ることを確認できた。
プロフィール

Author:加藤 宙
俳句や短歌,日々の思い等をつぶやきます。絵本を好んで読み、「幸福とは何か」「わかるとは何か」「祈りとは」などについて考えています。日が暮れる頃、美味しい肴で至福の時を迎えます。「塔」短歌会。

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